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ワイン女子物語~29歳、地味女サキの場合⑤~

夏の冷えた白ワインを飲みながら聞く、おじさんがワインショップを始めたネガティブな理由とは…

2016.09.16  Written by ゆれこ

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ー前回まであらすじ

無い無いづくしのアラサーOLサキは仕事を辞め、親戚のおじさんが経営する乃木坂のワインショップで働き始めた。(サキの紹介、第一話はこちら

六本木の夜の住民達が買い求めに来る高級ワイン。サキはそんな高級ワインのヴィンテージを間違って客に提供するというミスを犯してしまう。そんな大ピンチの時、まるで漫画のようにベタなシテュエーションで現れた救世主は、ユウトなのだった。サキは勢いで自分がサキであるということを伝える。あっさりした反応のユウトに少し失望するが、ユウトが来るまでにワインを勉強しようと思うと、前向きになれるサキなのだった。

前回の『シャトー・マルゴーと夜の港区住民。ヴィンテージを間違えたサキを救ったのははこちら

暑い季節に飲みたくなる白ワインとともに、サキはワインショップでの仕事を振り返る。

ワインショップで日々を過ごすことも、だいぶ自分にとっての日常になってきた感じがある。知識はまだまだだ。でも変化の早いIT業界にいて勉強すべきことはそれこそ山のようにあったはずなのに、能動的に勉強する気も起きなかった自分が、ワインの銘柄や、味、どんな背景で作られたのかまで自然と意識がインプットしたいという気持ちになっている。こんな気持ちになるなんて、自分でも思っていなかった。

それは日々お店にやってくるお客さんの要望に応えたいという気持ちもあるし、単純におじさんの博識に少しでも対等に話せるようになりたいという闘争心の様なものもある。そしてもう一つ、ユウトがいつお店に来るかわからない、それまでに一応“プロ”として見られうようにいたいというプライドもあるのかもしれなかった。

今日も一通り客足も落ち着いて、棚に溜まったホコリを少しづつ掃除をし始めた。ワインが並んでいる棚はホコリが溜まりやすいし、毎日大量に売れていくわけではないワインボトルのケアは意外と大事な仕事なのだ。

店内や商品を綺麗な状態に保つという至極当たり前の仕事が、とても新鮮に思える。

たまに地元のスーパーに寄り、調味料や飲料の陳列棚を見ては、きっとこれも誰か知らない人が毎日丁寧に掃除をして、お客さんが躊躇なく買っていけるように、新しい商品をきちんと並べているのだろうと想像すると、今まで見ていた普通の日常にも必ず人が介在しているという現実が、少しリアリティを持ったように感じられた。

「サキちゃん、今日は暑いから冷えた白でも飲む??」

「飲みたい!やった」

そう言っておじさんがグラスに注いでくれたのは「グラン・アルディッシュ シャルドネ [2013] ルイ・ラトゥール」だ。ルイ・ラトゥール社のシャルドネ品種の辛口白ワインで、味わいはブルゴーニュ一級に匹敵すると言われているほど評価が高いが、価格が2000円〜3000円で手に入るので、まさに最高のデイリーワインなのだそうだ。

「美味しい!白ワインってあまり比較をしたことがなかったから説明がうまくできなくて。シャルドネかソーヴィニヨン・ブランかって事くらい(笑)でもこれなら自信を持って勧められそう!」

「そう言ってもらえると思ったよ。」

小さい頃から自然と心を開くことができたおじさんの事を、さきは何も知らないと気付く。

ニコニコ、いや、ニヤニヤしながら私が子供のようにはしゃいでいるのを楽しんでいたおじさんが突然真顔になって聞いてきた。

「サキちゃんはなんでここで働こうと思ったの?けっこう即答だったじゃない?」

「ええと… 直感だったからよくわからないけど、ワインの事もっと知りたいなって。ワイン飲むの好きだし。」

あとはなんでもいいから、家でじっと考える時間ばかりが充実してしまうことを避けたかった、という言葉は飲み込んだ。

「おじさんはなんでワインを仕事にしようと思ったの?」

「僕も同じだよ。飲むのも好きだし、ワインって好奇心をそそるから。というか、僕の方はもっとネガティブな理由から始まっているかもね。」

「え、どういうこと?」

「実はね、東京で就職していたんだ、最初は。しかも飲料メーカーの営業をやっていたんだよ。」

「そうだったの!ずっとワインのおじさんって思ってた!」

「確かに、サラリーマンだったのはサキちゃんが物ごごろつく前かもしれない。」

「どうして辞めちゃったの?」

「全く冴えない営業マンだったよ。お酒が好きでお酒の営業の仕事を選んだはずなのに、初めての東京暮らしで初めての大企業で僕はそのスピードに馴染めずにいつもいつもできない自分を隠すために必死になっていた気がするよ。当然、成績も上がらない。そして逃げるように辞めたんだ。僕の歳では大企業を辞める人なんていなくて、周りからは相当罵られたけどね。」

いつも穏やかでニコニコしているおじさんからは、全く想像できない話だった。

「他にやりたいこともなくて、なんとなくワインは好きだし、山梨に帰って実家の農家で始めたのが、ぶどうの栽培。でもそこからが大変でね。大変、というのは仕事が大変なんじゃなくて、東京で失敗したからワインでは絶対成功してやる!っていう気持ちが強すぎて、最後の方はもう強迫観念に近いものがあったよ。それなのにぶどうが上手く育たなくて、また挫折。ね、すごくネガティブでしょう(笑)」

ね、と笑いかけられても、なんて答えたら良いのか、言葉が見当たらなかった。小さい頃からずっと居心地よく感じていたおじさんのことを、私は何も知らない。

「でも、どうしておじさんはいつも穏やかでニコニコしているの?私なんて、すぐに不機嫌が顔に出ちゃうし、苦手な人とは話せないし。。。」

「栽培がうまくいかなくなった時に、考えるのも面倒になって。もういいや、楽しもうって思ったんだよね。おいしいワインを飲んで幸せってだけでいいんだと思ったんだ。すごくシンプルに。」

「それからは不思議と少しづつぶどう栽培もうまくいくようになったし、焦りもなくなってね。」

「どうして東京でお店を開いたの??」

「栽培も軌道に乗ってきたし、息子も手伝ってくれたから任せてもいいかなって。

あと、ワインってもちろんそれ自体も、料理に合わせても美味しいんだけど、ワイン自体がコミュニティを作るというのかな、ワインを取り巻いて色々な人に出会えたり、ただ飲むだけじゃない意味がたくさんあるでしょう、ワインって。サキちゃんなら分かると思うけど。」

そう言って目をパチパチして見せてきた。

おじさんは何のことを言おうとしているのだろうと、ドキッとした。

「それに、実は東京って嫌いじゃないんだ。それこそワインを取り巻いて様々なストーリーが垣間見える。そんな環境にもう一度身を置いてみたかったんだ、今度はひっそりとね。」

白ワインをグビグビ煽っているおじさんはいつになく饒舌だ。でも私にはおじさんが言っていることがすごくよくわかる。おじさんがここまで人生を共にしたワイン。ますます知りたいという欲求を抱かずにはいられない。私はワインに何を求めているのだろうか?今まではそんなこと考えもしなかった。

突然明日山梨のワイナリーに見学に行くことになったサキ。

「明日、お休みしていいから、山梨のワイナリーでも見に行ってきたら?

まだ収穫には早いけど、ちょうど実ってきている季節だし、見てくるといいよ、ワインが育つところ。息子がいるはずだから言っておくよ。」

「えっ。」

「嫌かな?」

「ううん、良いの?」

久しぶりの山梨だ。毎年、年末年始には実家に帰ってはいたが、何となく東京にいる時間を有効に使わなければという気持ちがあり、地元から足が遠のいていた。

まるで小学生の時に明日は遠足ですよ、と先生に言い渡された生徒のような気持ちで、心が踊るのを感じた。

続く

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ゆれこ

辛口泡系とフルボディの赤のしっかりしたワインと肉料理が好み♩お勉強のために"神の雫"を読み直しています!


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