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ワイン女子物語~29歳、地味女サキの場合④~

シャトー・マルゴーと夜の港区住民。ヴィンテージを間違えたサキを救ったのは…

2016.08.24  Written by ゆれこ

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ー前回まであらすじ

無い無いづくしのアラサーOLサキは仕事を辞め、親戚のおじさんが経営する乃木坂のワインショップで働き始めた。(サキの紹介、第一話はこちら

高級シャンパンをホームパーティー用に買いに来たキラキラ女子にサキは苦手意識を炸裂させるのだが、一緒にシャンパンを選んでいくうちに、その無邪気さと素直な優しさに心を動かされる。OL時代には決して話すことは無かった様々な人生を背負った人たちとのワインを通した出会いに、面白さを感じ始めるサキだった。

前回の『サキの物語恋愛トークが苦手なサキは同性の友達が少ない?ホムパ用シャンパンを探しに来たキラキラ女子~はこちら

夜な夜な高級ワインを探しに来るBARで働く男たち。

乃木坂という土地柄からか、夜遅い黒いベストを着たBARの店員らしき人がワインを買いに来ることがある。もちろん六本木や西麻布周辺にはカヤスやドンホーテなどもあるのだが、ワインの品揃えという事と、おじさんのセンスで仕入れたおいしいワインを求めて、わざわざ乃木坂までやってくるお客さんも多いのだと、おじさんは得意げに話していた。

今日も閉店近い時間に、ドアが開く音がしてお店にやってきたのは、小柄で、パーマのかかった髪の毛をテラテラに固め、お腹がポッコリ出ているせいでパツパツになった、背中が紫に光るサテンのベスト姿の男だった。

どうやら、会員制ラウンジの店長でお客様にシャトー・マルゴーが飲みたい。と頼まれたらしい。

シャトー・マルゴー。未だに飲んだことはないが、ずっと飲んでみたいと思っているワインのひとつだ。優雅で香り高く、タンニンがしなやかなことから、「最も女性的なワイン」と呼ばれ、ボルドー五大シャトーのシャトー・マルゴーの同名ワインだ。

最も女性的な味とはどんな味なのだろう。自分も女でありながら女性らしさが何なのかということを説明できる自信はない。数あるワインの中でも最も女性らしいと称されるワインを飲んで自分がどう感じるのか、恐ろしいようで興味を持たずにはいられない。

「ねえ、2005年のヴィンテージのマルゴー、ある?急いでるから。無いならないで早く教えてよね。」

そう言ってイライラした様子でラインに次々と送られてくるメッセージに返信している。

普段人間観察という高みの見物をしている割に、こういう有無を言わせない雰囲気の人を目の前にすると、萎縮してしまう。高級ワインは奥のセラーで管理しているため、そそくさと確認に走る。こういう時に限って、おじさんはまた外出中ではないか。

「こちらでよろしいでしょうか?」

ワインを落とさないようにしっかり握って、少し小走りにベストの男に駆け寄る。

「お、あるのね、それちょーだい。なんか割れないように巻いといてね。」

ホッとしてレジに向かう。

シャトー・マルゴーのヴィンテージを間違えてしまったサキ

「ん?ちょっとまって、これヴィンテージ違くない?俺2005年って言ったよね?1年違うだけで値段も味も全然違うんだからさ、しっかりしてよ!お客さんワイン詳しいから俺が怒られちゃうところだったよー」

「すみません!いますぐ確認します!」

ワインの情報はエチケットを見ればすぐにわかるようになっている。

シャトー・マルゴーのように、フランスで生産されたワインには必ず「PRODUCE OF FRANCE」と書かれているのだが、特にフランスワインで重要なのが大きく3つに分けられたカテゴリーだ。

その中でも最上級に位置するAOC(原産地統制名称)ワインは、優れた産地のワインを保護・管理するために制定された法律に基づき造られている。また、ボルドーワインの場合、地方・地区・村と範囲が狭まるにつれ、上質で高級となる傾向があり、西暦はぶどうの収穫された年を表し、ワインの価格と味は年によって全く違う評価が下されている。

このように、エチケットを細かく読み解けば「何年にどこの場所で獲れたぶどうを使い、誰が醸造し、誰が瓶詰めをしたアルコール何%の銘柄というワイン」ということまでわかってしまうのだ。

一級ワインの年代を間違えるなんてかなり初歩的で重大なミスをしてしまった。緊張すると途端に体も頭も固くなってミスが増えてしまうのは、小さい頃から全く改善していない。とにかく、落ち着かなきゃ。

幸いな事に、2005年のものもセラーにきちんと保管されていた。後から調べたのだが、この年はシャトー・マルゴーの中でも過去最高と称され、世界各国で高値で取引されている貴重なヴィンテージらしい。おじさん、よくこんな希少なワインを仕入れられるな。

「大変申し訳ございませんでした。ご指定のヴィンテージのワイン、こちらでまちがいないでしょうか。」

「これだよ、良かったよあって。俺が気づかなかったらどうするつもりだったの?ワイン屋で働いてるんでしょ?こんなミスあっていいの?」

30歳手前にもなって、ワイン一つ正確に販売できないなんて。

自分の不甲斐なさに、男のお説教を聞きながら気が遠のいていくようだった。

男に説教される中、声がした方を向くと…

「すいません、そしたらそっちのヴィンテージ、僕買いたいんですけど、いいですか?」

その時、急に声が聞こえて我に返った。

「何なのあんた。」

「いや、ちょうど会社の設立2周年パーティがあって、社長にプレゼントするワイン探してたんですよね!」

「俺はこっちがあれば良いし。」

「ありがとうございまーす。」

あっけに取られて2人のやり取りを見ていたが、私のピンチに割って入ってくれたもう1人の男の主は、ユウトだった。

「あ、ありがとうございます!!」

無事、ベストの男にはシャトー・マルゴーの2005年を、ユウトには間違えてしまった2004年のワインを渡す。確かに、1年違うだけでこんなにも価格が違うものかと驚いてしまう。もちろん味も違うのだろうが、まだまだ舌がお子様な私にはヴィンテージを語る事は難しい。

「先ほどはありがとうございました。慌ててしまっていて、本当に助かりました。」

「いえ、ちょうどいいワインも見つかったし、こちらも万々歳ですよ(笑)」

「会社の設立記念なんですね。」

「そうなんです、一応こう見えて副社長なんですよね。2年会社を続けるのって大変だけど、ようやくこれから規模も拡大していくところで。」

万々歳とか、言い方が古めかしかったり、楽しいそうに話すユウトが一気に高校時代にフラッシュバックする。そうか、ユウトは今、有言実行でしっかり稼げているんだろうな。

「あの、私のことわかりませんか?」

無意識で聞いてしまった自分に驚く。

「地元が山梨なんですけど、高校の時色々経済の話とか教えてもらったりして。。。」

「サキちゃん?」

そうです。」

「サキちゃん!!ビックリした、全然気づけなかったよ!大人になったね(笑)」

やっぱり気づかれていなかった。少し悲しいがまさか自分がここで切り出すとは自分でも思っていなかった。

「ワインショップで働いているんだね!すごいじゃん。さすがぶどう農家の娘!」

「たまたまおじさんのお店でお世話になる事になって。まだ働き始めたばかりなんです。前は。」

IT系企業で働いていた、と言いかけてやめた。ユウトに影響を受けたということがバレるのが恥ずかしかった。

「そうなんだ、サキちゃんが働いてるなら、ワイン買う時はここに来よう!ありがとね!これ、社長喜ぶわ!俺も飲んでみたかったし。」

そう言って真っ暗なお店の外に吸い込まれるように出て行った。

相変わらずさっぱりしてるな。これからは、ユウトはワインショップで働く私を、サキとして認識して来る。そう考えると、嬉しさよりもどう接したら良いのか、戸惑いの方がお大きいのが正直な気持ちだ。

それでも、今日サキとして話をできたことは嬉しかった。次にユウトがきた時までに、おすすめワインを探しておこう。ユウトがいると、どんな事でも前向きに考えられる自分がいる。それは10年以上経った今でも変わらない事実だと、サキは気付いた。

続く。

この記事を書いた人Author

ゆれこ

辛口泡系とフルボディの赤のしっかりしたワインと肉料理が好み♩お勉強のために"神の雫"を読み直しています!


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