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ワイン女子物語~29歳、地味女サキの場合②~

30歳を目前になんとなく会社を辞めてしまったサキ。偶然出会ったワインをきっかけに、新たな人生がゆっくりと回りだす。

2016.07.15  Written by ゆれこ

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ー前回まであらすじ
趣味も特技もない、大して美人でもない。もちろん彼氏もいない。無い無い尽くしの自分がこの先どうやって生きていけば良いのか。
30歳を目前にして突然会社を辞めたサキは、たまたま入ったイタリアンで出会った一本のワインがきっかけで、おじさんのワインショップで働き始める。

そこでおじさんと立ち話をしていた時にお店に入ってきたお客はなんと…。
会社勤めでは決して出会えなかった様々な生き方の人たちに出会うことになる。そのきっかけはやはり、一本のワインなのだったー

前回の『サキの物語① イタリアンワインとの出会いがサキの生活を変える』はこちら

ワインショップで働き始めたサキ

仕事を辞めたのが先週の金曜日。
月曜日の今日からサキはもうワインショップの店頭に立っていた。
普通の人は有給消化で旅行でも行くか、しばらくのんびりするのだろうが、特に趣味もない私はやることも思いつかず、家でじっとしているより、早く何かしていたかった。

制服、とまではいかないが、エプロンを身につけた自分がお店のドアガラスにうっすらと映し出される。
ITという服装がラフな業界にいたからか、たかがエプロンでさえ気持ちが引き締まる。

偶然お店で発見したのは、高校生時代に特別な時間を過ごした…

先週おじさんに「ここで働く」と告げた時に偶然お店で”発見”してしまったのは高校時代にたまに会っていた、ユウトだった。
「発見」、と言ったのは向こうは全く私に気づく様子がなかったからだ。
会っていたと言っても、別に付き合っていたわけではない。
歳は同じくらいだったが、どうやら学校には通っていないようだった。
アルバイト先の本屋に、ちょくちょくビジネスやIT関連の本を買いに来るうちに話すようになり、お互いに連絡先を交換した。

バイトがない平日に、私にしては珍しく、自分からユウトに連絡する事が多かった。
同級生の男の子たちが、毎日学校で昨日見たテレビの話やスポーツの話、お気に入りのアイドルの話をしているのが幼く感じられて、全く興味が湧かなかったが、

「大学にも行くつもりは無いから、今から食っていく為に勉強しないとね」

そう話すユウトの話は面白かった。

思えば私が経済学部に進学し、IT系の企業に就職したのも、ユウトとの会話が影響していたのかもしれない。

ユウトに関する情報は、それくらいしかなかったし、私も自分からは聞かなかった。
なんとなく、ユウトからこれ以上聞かないでくれという空気を感じ取っていたんだと思う。
話している時間が楽しくて、それでも良かった。

高校3年生になり、私も受験勉強のため、アルバイト先の本屋を辞めて塾に通い始めた。

本屋を辞めてからは、なんとなくお互いに連絡の回数も減り、ユウトが東京に出たらしい、という噂を聞いたきり連絡は途絶えた。

東京の大学に進学して、ようやく彼氏と呼べる存在もできたが、なんとなくユウトと比べてしまう自分がいるのは、隠せなかった。

一目見て、そんなユウトだと気付いた私に対して、何事も無かったかのようにオススメのワインを買って出て行った事が、不本意にもチクリとアラサー女子の胸を刺した。

ワインの知識を勉強し始めるサキ。ワインショップには様々なお客さんがやってくる。

「ちょっと配達に行ってくるから、店番頼めるか?」

おじさんはそう質問しておきながら、身体はもうドアの方を向いている。
嫌だとも言えず不安そうに見返す私に、

「この時間はあんまり人来ないから、大丈夫だよ」
そう言って出て行ってしまった。
私自身が何よりもワイン初心者だ。まずは基本的な事は知っておこう。
エプロンのポケットからスマホを取り出して

”ワイン ビギナー 選び方”

と入力した。

『ワインビギナーは赤ワインならライトボディかミディアムボディから。』
確かに、最初にワインを飲んだのは大学の飲み会かなんかで、いきなりフルボディの渋いものを飲んでしまい、ワインはしばらく良いやと思ってしまったな。

今はフルボディの方が好きだから、オススメする時は気を付けなくちゃ。

『家でワインを飲む時は目一杯注がずに、グラスに空間を作る』

グラスに空間なんて、おしゃれな表現だ。
一人でぶつぶつとつっこみながらスマホの記事を読んでいると、ドアの開く音がしてお客さんが入ってきてしまった。

一瞬で背筋が伸び、スマホを後ろに隠す。

(どうかワインに超絶詳しい玄人じゃありませんように)

入ってきたのは、今時珍しい茶味がかったグレーの、背広とも言うべきオーバーサイズの古臭いスーツを着た、すこし小太りの40代らしき男性だった。

真面目そうだけどもてなさそうだな、しかもあまりお金ももっていなさそうだし。
スーツもそうだけど、時計が量販店で売っていそうな安物だもの。

前職で暇を持て余していた時に趣味となってしまった人間観察の癖で、とっさに全身を見渡してここまですらすらと分析してしまう自分に苦笑いしてしまった。

店内をキョロキョロと見渡してから、私の存在に気づくと、こちらに向かってきた。

「やっぱり、魚料理には白ワインかな?」

「メインはなんですか?」

「今日はサーモンのムニエルらしいんだ。僕なんかには似合わないおしゃれな食べ物でしょう(笑) 元々お酒も飲まないから詳しく無いんだけど、実はこう見えて新婚でね、妻がワイン好きで、メニューに合うのを買ってこいっていうもんだから困ってしまって。」
良かった、ワインは初心者みたい。そう思ったと同時に、結婚しているのか、と面食らう。
我ながら失礼な分析だ…
いい旦那さんそうじゃないか。

先ほどのひどい印象からは打って変わって、奥さんのためにワインを探すこの旦那さんがすごく幸せそうに見えてくるから、つくづく自分は浅はかだな、と思う。
「サーモンでしたら、こちらの”ウィザー ヒルズ ソーヴィニヨンブラン 2014”はいかがでしょうか。
フレッシュな辛口の白ワインでして、お魚料理やハーブを使ったサラダなどに良く合います。」

これはおじさんに今週のオススメだからと試飲させてもらったばかりのワインだ。
食事用のテーブルワイン、と呼ぶには少し値がはるが、新婚の奥さんが張り切って作ったムニエルに添えるにはぴったりのワインだろう。

「へえ、マリアージュってやつ?」

「そうですね(笑) 料理との相性というのでしょうか。
お肉はお魚に比べて脂肪分も多く、味付けも濃くなるので赤ワインのタンニンからくる深みや渋みがうまく相乗効果を生みます。魚料理や野菜はお肉に比べて主張しすぎない辛口の白ワインが良いですね。」
家庭料理との相性、これくらいなら初心者の私にも分かる。
スマホ大先生の言葉を借りながら、ワインショップの店員らしく振舞う。

「じゃあ、これにするよ」
幸せな笑顔を浮かべ、大事そうにワインを抱えて出て行く客を見ながら、今晩は私もお魚と白ワインにしよう、といっても一人暮らしだけどね。
そう自虐的に思うのだった。

 

続く。

 

次回は7/22(金)17:00の公開予定です。

この記事を書いた人Author

ゆれこ

辛口泡系とフルボディの赤のしっかりしたワインと肉料理が好み♩お勉強のために"神の雫"を読み直しています!


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