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「ワイン女子物語~29歳、地味女サキの場合①~」

30歳を目前になんとなく会社を辞めてしまったサキ。偶然出会ったワインをきっかけに、新たな人生がゆっくりと回りだす。

2016.07.08  Written by ゆれこ

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―サキ、山梨県出身、あと2カ月で三十路の大台に乗る29歳。都内の大学を卒業後、学生に人気のITベンチャーに努めるも、会社になじめず退社。次の会社の仕事は楽で続けられたが、その会社も今日“なんとなく”退社してしまった。

地味で特徴の無いサキは、この先の人生をどう生きたらいいのかわからなかった。

そんなサキの30代は、“なんとなく” 働き始めたワインショップの仕事を通して、大きく変わり始める。-

今日、仕事を辞めた。特にキツいわけでも無く、人間関係が苦痛だったのでも無く、なんとなく辞めてしまった。

ブー、ブー、ブー、ブー(振動)

さっきからLINEの通知が鳴り止まないのは、どうせランチタイムの時にだけ、このお店が美味しいだの、サキはまだ結婚しないのかだの他愛のない会話で時間だけ浪費してきた同僚たちからの連絡だろう。

別に嫌いなわけではないのだが、30歳(独身)の誕生日を2ヶ月後に控えた身で、突然会社を去った理由を聞かれるのが今はとてもかったるい。

そう思いながら、逃げるようにオフィスを後にした。

「今日くらいは何も考えずにいよう。」

渋谷の人混みに混じるのが嫌でオフィスから歩いていると、空腹を感じてふらっと道端のイタリアンらしきお店に入った。

根っからの酒飲みの私は早速ワインリストに目をやり、目に入った赤ワインとそれに合うとすすめられた肉料理をさっそく注文した。

まだ時間が早いこともあってか、店内の人はパラパラとまばらだ。
人と話すのが億劫だと言いながら、アラサーが一人で飲んでいると思われるのは嫌だった。

1本のイタリアワインとの出会いが、サキの人生を導く・・・。

ワインが来るのを待ちながら、結局は仕事のことを考えていた。
学生の頃から特技もなく美人でもなく趣味もない私だが、唯一勉強だけはそこそこできた。
社会人になれば、勉強ができれば勝てると思っていた。その当時学生に人気のあるITのベンチャー企業に採用され、営業に配属になった。

しかし、甘かった。

社会は学生時代よりも更に個性や能力の凌ぎ合いだった。
内気な私は積極的に売り歩きどんどん成績を上げる同僚についていけなかった。努力すればどんな人でもできるようになると言われたが、“社会人”という幻想に期待を抱きすぎていた私は、踏ん張る気力もわかなく、すぐに辞めてしまった。

その後運良く拾ってくれた会社でITサポートの仕事についた。
ITと言っても、機械オンチの社員にパソコンの使い方を教えたり、簡単なエクセル資料を作ったりする誰にでもできる仕事だ。
最初に入ったベンチャーとは真逆の社風で、時間はまったりと流れていたが、20代の社員は自分しかいなかった。
いつしか暇な時間は、人間観察が習慣となっていた。私にはその環境がちょうど良かった。しかし、その会社も今日辞めてきたのだ。

「あ、美味しい。」

一口飲んで、気に入ってしまった。
こういう濃厚でパンチの効いたフルボディの赤ワインが好きだ。家飲み用に一本ほしい。

「これはイタリアのワインで、小売はしていないんですよ。」

これからは時間だけはたっぷりとある。落ち着いたら、ワインでも探しに行こう。

おじさんの経営するワインショップに出かけたサキ。 そこに偶然現れたのは・・・?地元山梨で過ごす学生時代唯一の“地味ではない”思い出とは・・・?

山梨出身の私は、叔父がブドウ農園を営んでいるのを思い出した。内気な性格が災いして、幼い頃から身内の集まりは苦痛でしかなかったが、唯一気を使わずにしゃべれるのがおじさんだった。農園を息子に任せて、今は東京・乃木坂にこじんまりとしたワインショップを開いている。

昨日のワインを思い出しながら、お店のドアを開けた。

「おじさん、いる?」

「おお、サキちゃんか、大きくなったな。お店に来るなんて初めてじゃないか?」

「もうすぐ、30歳だよ。大きくなったもなにもないじゃない」

広くはないけれど、綺麗に陳列されたワインを見ると幸せな気分になる。

「こないだ飲んだワインが美味しくてね、でも名前を忘れてしまって…
イタリアのワインで、フルボディでパンチのある濃厚な味なの。価格もお手頃で。小売はしていないそうなんだけど、わかる?」

「美味しかったのに忘れちゃったの?(笑)それはフィエーニじゃない?こういう絵のボトルの。」

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Ravenna Rosso Fieni

「そうそう!!!!それ!どうしてこんな説明でわかっちゃったの?(笑)」

「ワインショップ経営しているんだから、お客さんの曖昧な問い合わせにもこれくらい対応できないとね!本当は僕もそのワインが好きだからなんだけど。」

「なるほど!さすが!!」
「サキちゃん、なんかあったのか?」

「え・・・」

おじさんはそういうことにすぐに気づく人だという事を忘れていた。

「実は、仕事やめたんだ。特に理由はないんだけどね。」

「・・・サキちゃん、うちで働くか?」

資格もなく、コミュニケーションにも自信がない。容姿もパッとしない。
前の仕事は続けていればクビになることはないだろうけど、このまま何も変わらず10年、20年とあっという間に終わってしまいそうな人生が怖かった。

「働く。」

深く考えずに、そう答えていた。

カラン

古びた扉が開いた音がして、お客さんが入ってきた。

「あの、イタリアワインを探しているんですが…赤の濃厚なフルボディで珍しい香りのワインってないですかね?ちょっといつもと違うのが飲みたくなっちゃって。」

(え?)

「サキちゃん、さっきのワイン、勧めてみたら?」

「えっ!でも小売はしていないっていうし・・・」

「でも美味しかったんでしょう?フィエーニを置いているお店って言えば、渋谷のイルフューメでしょう?うちも知っているお店だから。」

「え、なんですか、教えて下さい。」

そういったお客の顔を見上げた私は、固まってしまった。

 

続く。

 

次回は7/15(金)17:00の公開予定です。

この記事を書いた人Author

ゆれこ

辛口泡系とフルボディの赤のしっかりしたワインと肉料理が好み♩お勉強のために"神の雫"を読み直しています!


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